ついに2度目の失業をしました!
皆さんはじめまして。この4月から「ココログ」にデビューしました池内です。年令は現在66才と少し。京成線沿線の千葉県の佐倉市に住んでいます。
残念なことに、私は3月末にこれまで2年8ヶ月間勤めた千葉市美浜区にある不動産鑑定評価事務所を退職しました。いや、失職したといった方がいいかもしれません。
退職の原因は、今年2月に心臓冠動脈のバイパス手術をして1ケ月近くも休んでしまったことです。胸部をかなり切開したので、“3㎏以上の物を持ってはいけない。車に乗ってはいけない。”など活動に制限が多くては退職もやむ終えませんでした。
『狭心症』それも重度と分かったのは昨年の11月でした。毎年健診を受け、コレストロールの数値等にも気を付けていたのですが、平成19年6月の市の検診(心電図)に引っかかり、その後「カテーテル検査」で判明したのです。
1度目の失業は3年前の平成17年の3月末でした。この時は、60才の定年退職の後に、幸い先輩の推薦ですぐに勤めることができた関係会社を約束の3年を経過してやめたのでした。
その時は体調も今よりははるかに良く、再就職の意欲も盛んでしたが、3日にあげず成田のハローワークに通い、今や団塊の世代の多くの人達が味わっている『高齢者の就職難』の悲哀を味わったものでした。
その後、ようやく採用された不動産屋では、持っていた「宅地建物取引主任者」の資格も役に立たず、営業経験のないことを理由に2ヶ月で首になり、ようやくインターネットで調査助手を募集していた先の会社に勤めることが出来たのでした。
まだ発展途上の小さな会社でしたが、高齢者に対する所長の理解もあり、取得した知識もそれなりに活用することが出来ましたので、この約3年間は私にとっては恵まれたものでした。井村所長をはじめ奥様、同僚だった職員の皆様には大変感謝しています。
問題はこれからです。43年も働いたのだからもう仕事はやめたらと妻や2人の子供たちは言ってくれます。ひと昔前なら『隠居』の身ですから、それにも一理あります。しかし、まだまだ“悠々自適”の生活に入りたくはありません。
この4月から始まった「後期高齢者医療保険制度」(あまりにも評判が悪いので『長寿医療保険』と今後言い換えるそうですが)の対象者となる75才までは、“人の役に立つ何らかの仕事をしていたい。その仕事で世の中と繋がりを持っていたい。”というのが私の本音なのです。
もう雇ってくれる会社は多分、いや確実に無いでしょう。私の持っている片々たる知識や経験から何ができるか?これからやれる仕事にもかなりの限界があるでしょう。しかし、挑戦する意義はあると思っています。
残された人生を、スローライフを楽しみながら、新たな人生に挑戦してみたいと考えています。ココログはその良い友となりそうです。皆さんこれからよろしくお願い申し上げます。
今日からココログ一年生。新たな仕事への挑戦だけでなく、日常の出来事、感じたこと、季節の移ろいなども投稿できたらうれしいなと感じています。
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